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ミリタリー イベント

SF三者トークショー&即売会

終了しました。
開催場所 / 開催日時

グランデ(神保町) 5F お問い合わせ

2018年09月21日(金)

生賴範義氏のご子息のオーライタロー氏、加藤直之氏、山本三郎氏デジタル・エスタンプ株式会社が運営するサイト、digitalestampe.comで遭遇したことを記念して、9/21(金)18時より書泉グランデにて司会に作家・川又千秋氏を迎えオーライタロー氏、加藤直之氏、山本三郎氏トークショー開催致します。

さらにトークショー終了後、生賴範義氏、加藤直之氏、山本三郎氏複製原画(エスタンプ)の即売会を開催致します。ご購入の方に加藤、山本両氏が、作品にサインをお入れいたします。こちらも必見です。

日本を代表するSFイラストレーターである、生賴範義氏、加藤直之氏、山本三郎氏のトップスリーの作品が一堂に会する貴重な機会をお見逃し無く。

トークショーへの参加券は、9月7日(金)から書泉グランデ5階にて先着順に配布致します。

※メールでのご予約
上部のイベントタイトルすぐ下の「>お問い合わせ」ボタンより氏名・電話番号をご記入の上グランデ5階までメール送信をしてください。
確認とれ次第、お申込みいただいたメールアドレス宛てに受付完了メールをお送りします。
(メール受付は前日18時までとさせていただきます)

デジタル・エスタンプとは?

エスタンプとは「著作者が認めた正統な版画」
デジタル・エスタンプは、デジタル技術で新しい領域を拓き、さらなる高みを目指す。
お気に入りの作家、作品を選び、スタイル、サイズなどをお好みに合わせて選んでいただけるサービスです。元のデータはすべて作者(著作権者)公認のものを使用しており、クオリティの高い作品を、お好みのスタイルで、手軽に楽しむことができます。

生賴範義氏
1935年兵庫県明石市生まれ。敗戦間際の1945年7月に鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)に疎開。高校卒業後、東京芸術大学美術学部に入学したが、後に中退した。1962年、イラストレーターとして活動を開始。1973年、東京から妻の郷里宮崎県宮崎市に転居。
1980年、SF雑誌に発表した「スター・ウォーズ」のイメージ画が、製作者のジョージ・ルーカスの目に留まり、その続編ポスター用イラストを正式に依頼される。そして執筆した『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の国際版ポスターのイラストが高い評価を得て、外国でも名を知られるようになる。同年、第11回星雲賞アート部門を受賞する。1983年に書籍『東宝特撮映画全史』(東宝)の表紙を担当したことをきっかけに、翌年の映画『ゴジラ』のポスターを担当。以後、平成ゴジラシリーズ(VSシリーズ)のポスターイラストを手掛けた。2014年、みやざきアートセンターで『生賴範義展』を開催。平成26年度文化庁映画賞で功労賞を受賞。2015年10月27日、肺炎のため死去。享年79歳。2016年、第35回日本SF大賞で功績賞を、第47回星雲賞でアート部門を受賞。2018年1月、上野の森美術館にて「生賴範義展」開催。3万人を超す入場者を集めた。

オーライタロー氏
1963年宮崎市生まれ。武蔵野美術大学修士課程修了後、画家として個展・グループ展を中心に活動を始める。油彩・銅版画の技法を用いて街角に残る古い建物を描く。生賴範義の長男。

加藤直之氏
挿絵画家武部本一郎に影響されSFイラストレーターを志す。デザイン学校卒業後、同人仲間とスタジオぬえ設立。アニメ『宇宙戦艦ヤマト』でメカデザインに参加。 1974年、早川SFコンテスト・アート部門に1位入賞し、早川書房の「SFマガジン」や、SF小説の表紙絵を描き始める。『銀河英雄伝説』では装画挿絵に続いてアニメ版のメカニックデザインも担当。 日本SF大会にて、通算7回星雲賞(アート部門)を受賞している。アクリル画に加え、意欲的にコンピュータグラフィックスによる2D/3DCG作品も制作。アナログ/デジタルを併用して作品を描いている。 日本SF作家クラブ会員。自転車好きとしても有名。

山本三郎氏
1956年東京生まれ。画家。武蔵野美術大学卒。舞台美術、映画美術などを経て、ロサンゼルス・アートバンク、シアトル現代美術館COCA、ニューヨークART54、トロント・コングレスセンターなど全米各地で多数の展覧会を開く。近年は飛行機の絵と物語が大人気

川又千秋氏
北海道小樽市出身。慶應義塾大学文学部卒業。大学時代より、伝説的なSFファンの集まり「一の日会」に参加。博報堂に入社しコピーライターとなる。1971年、評論「バラードはどこへ行くか?」(『NW-SF』)で評論家デビュー。1972年「舌」(『NW-SF』誌)で作家デビュー。また、同年、評論「明日はどっちだ!」を『SFマガジン』に発表。1973年から1975年にかけて『SFマガジン』に長編評論『夢の言葉・言葉の夢』を連載する。
1980年より専業作家となる。
当初、ニュー・ウェーブの影響のもとにSFの評論および創作活動をおこなっていたが、その後、架空戦記分野の作品を中心として活動するようになる。
淑徳大学公開講座講師。また、1991年に池袋コミュニティ・カレッジ内で「空想小説ワークショップ」を開講。1992年から森下一仁に講師を譲ったが、2001年から再び川又が講師を担当している。
2012年には代表作『幻詩狩り』がアメリカで Death Sentences と題して英訳出版された。